6.平和ミュージアムを活用した平和学習の方法



【平和ミュージアム訪問の意義】
 
戦争体験継承の効果的な学習方法として、平和博物館や資料館への訪問があります。広島・長崎・沖縄などの平和資料館は現在でも多くの修学旅行生の訪問があります。1980年代末以降、日本各地に多くの平和に関連する博物館が開設されました。平和博物館により展示テーマが異なりますが、被爆、空襲、地上戦、特攻、毒ガス製造、戦災、ホロコースト、核実験、抑留・引き揚げ、日本軍の侵略、反戦と政治的抑圧、戦争協力体制、地域紛争・局地戦争、平和運動や平和活動、などが展示されています。それらの施設は記念館、祈念館、資料館などさまざまな名称がつけられていますが、総称して平和ミュージアムとよぶことにします。平和ミュージアムとは、平和な社会をつくるという目的に役立つ施設の総称であって、戦争に関連する事物を展示していても、慰霊や顕彰のためだけの施設は含みません。
平和ミュージアムにおける戦争についての具体的な展示物や写真やビデオ映像が子どもに与える影響は大きく、それを見ることで、平和問題が子どもにとってより身近な題材(教材、話題、課題)となると思われます。
 コロナ禍下の時期には、感染予防の見地から休館を余儀なくされた施設も多く、開館しても入場制限をしたり予約限定にしたりする施設もありました。見学者側も団体で遠隔地に出かけるのがむずかしい状況があり、平和ミュージアムを利用した平和教育は低調になりました。しかし、その中で資料や展示のデジタル化が進み、ネットを介してバーチャル空間を利用した展示の動きもあります。実際の現場や人との出会いは貴重ですが、時間や諸条件の制約があるときは、バーチャルの展示見学も選択肢に入ってくるでしょう。 

【ミュージアムの特質を見極める】  
知覧特攻平和会館はそもそも慰霊や特攻の事実を知る場であったはずですが、2000年代以降、自己修養の場として訪れる団体や個人が増えているといいます。ピースおおさかは、以前は日本の加害性にも目を向けた広い視野の展示でしたが、首長の意向により展示方針が変わり、空襲被害に限定した展示になっています。大和ミュージアムの成功以来、戦跡や旧軍施設の残る自治体では、集客を目的にしたかのようにも見える"平和ツーリズム"に力を入れているところもあります。「戦争を語りつぐ」といっても、反省的に戦争をふりかえるのではなく、悲劇や感動の物語として、顕彰や権威付けとして戦争にまつわる事物をとりあげているような場所や施設では、平和教育は適切におこなえません。子どもたちが訪問するにあたっては、そこがほんとうに<平和的な>ミュージアムかどうかをよく見極めておかないといけません。

 



 <写真:広島平和記念資料館の西館>

 (1)まず教師が
  知る
 
(1)まず教師が知る

 当たり前の話ですが、子どもを引率する前にまず教師が、そのミュージアムをよく見て知ることが大事です。校外学習の下見としてアクセスや館内設備について確認しておくことはもちろんのこと、展示内容をよく見ておかなければなりません。ミュージアムのパンフレットなどで設立の目的や趣旨を確かめておきます。ホームページがあれば閲覧して、関連資料やミュージアムが用意しているコンテンツを確認しておくことも必要です。その上で、展示を見て、子どもの発達段階との関連を考え、連れてくる子どもたちの反応を想像しながら見ていくとよいでしょう。
 展示内容を見ていく時に考えたいことは、次のような点です。

@まるで天災であるかのような表現になっていないか
A被害面だけでなく、加害面とも関連づけようとしているか
B主語をはっきりさせているか
Cいまの世界と関連づけようとしているか
D広義の平和教育の内容を含んでいるか
E一方的でなく、参加型を意識した展示か


 ミュージアムによっては、音声ガイド器を貸し出してくれるところがあります。団体使用は難しい場合もありますが、教師による下見の時にはこれによって、展示を見るだけでは気づかない情報を得ることもありますので、使用をおすすめします。
 (2)ミュージアム
  での学習活動
 
(2)ミュージアムでの学習活動

 
校外学習として行った時、ミュージアム内での子どもの見学は、おおよ次のような形態になることが予想されます。
 
@列をつくって、教師が引率、説明して見学
A列をつくって、ミュージアムガイドを依頼して説明してもらい、見学
Bグループや個人で自由に見学
Cグループや個人で、ワークシートに取り組みながら見学
 
 @やAの利点は、教えたいこと、気づかせたいことをきちんと伝えやすいこ
とです。教師が説明する場合は教師の、ガイドを依頼する場合は、そのミュージアムの、伝えたいことを強調することができます。ただし、列が長くなり、ガイドから離れる子どもも出ますので、どうしても聞き取り方に個人差が出やすくなります。また、この場合、個々の子どもの興味関心に合わせることはできませんので、一通り見学した後、自由見学の時間を設けるなどのくふうが必要です。
 BCの利点は、子どもの自主性を尊重できることでしょう。ただ、どれだけしっかり見学できたかがつかみにくいので、事前に資料を与えて見学計画や見学のめあてを設定させるなどのくふうがいります。全く事前指導なしのフリーにしてしまうと、一部の意識が高い子を除いて、ただ徘徊するだけで学習が成立しなくなるおそれがあります。
 それを回避するために、ワークシートを与えて、それに記入させるのはよく使われる方法でしょう。この場合、ワークシートの質が問題です。せっかく、さまざまにくふうされた展示が並ぶミュージアムに行っているのですから、子どもが五感をフルに使ってそのミュージアムの展示テーマに迫るようにしたいものです。単語や数字を当てはめさせる穴埋め式や一問一答式のワークシートでは、知識面にばかり意識が行ってしまいます。知識だけなら、教室で印刷した資料を見ても得られるのです。
 ワークシートを使って指導するなら、例えば「あなたが戦争の怖さを一番強く感じた展示物は何でしたか」とか「このミュージアムで、おうちの人に見せたいと思ったものは何ですか」とか「展示を見て、平和のためには何が大切だと思いましたか」など、見学の意識を高めるような問いや、具体的な答えをさせる問いを用意するのがよいと思います。
 また、見学時間に余裕があるなら、前半と後半に分けて、前半の見学で問題作りをさせ、後半はその問題を交換させて答え探しをするなど、子どもに課題作りをさせる方法も考えられるでしょう。子どもにガイド役をさせるという方法も考えられます。担当コーナーを決めて、最初の何十分かはそこをじっくり見ます。そして、その後そのコーナーのガイドを務めるのです。順番にガイド役の子の説明を聞きながら全体を見て回るという方法です。
 なお、ミュージアムによっては本体部分の展示以外に、建物のデザイン自体やモニュメントなどに平和への願いがこめられていたり、展示の意図が表現されていたりする場合があります。時を遡るように回廊を回りながらスロープを下りていく広島原爆死没者追悼平和記念館や長崎原爆資料館、6月23日の夕日を望める構造の佐喜眞美術館、見学の最後に人々が追いつめられた南部の海岸を見下ろす沖縄平和祈念資料館、「火の鳥」の壁画が過去と未来を表す立命館大学国際平和ミュージアムなど、個々の展示資料だけにとどまらず、ミュージアム全体から学ぶ姿勢で訪問するのがよいでしょう。

(3)ミュージアム
 見学をした後で
 
 
(3)ミュージアム見学をした後で
 
 ミュージアム見学を終えて
教室に戻ってからの学習について考えてみましょう。 まず、特にテーマを定めずに感想や疑問を書かせて子どもが得た感覚や情報をフィードバックさせます。多くの子が共通して誤解している点や理解が不足している点があれば、補足説明したり誤解を正したりする授業をする必要があります。

 そこで終わりにせずに、子どもに
表現・発信させる学習活動を組みたいものです。新聞形式でまとめさせることがよくありますが、情報の切り貼りのような新聞を見かけることがあります。だれに読ませる新聞か対象意識をはっきりさせて自分のコトバで書かせるくふうや、展示物から紹介したいこの一品を選ばせるとか、この人の証言を伝えたいとか、焦点をしぼらせるくふうなど、書かせっぱなしにならないようにします。

 次に行く学年のために、自分たちでミュージアムのパンレットをつくろうとか、行程も含めてミュージアム訪問のガイドブックをつくろうなどという活動も考えられます。絵物語や紙芝居にして小さい子に上演したり、体験を聞かせてくださった方に見ていただいたりするのもいいでしょう。

 見学後の学習を工夫することで、見学している時は伝えられる側だった子どもたちが
、伝える側に回ることになります。いかに伝えるかに取り組むことで自分が伝えられた内容を吟味し、より深く心に刻んでいくことになるでしょう。

 人は、体験から多くのことを学びますが、一人の人間ができる体験は限られていますし、実体験するわけにはいかないこともあります。戦争は、決して体験してはならないことであり、決してあってはならないことです。戦争について学ぶには、いかに数多くの追体験をするか、そして追体験の内容をいかに豊かにするかが大切です。それが平和な社会の形成へのカギになります。 平和ミュージアムで学習するということは、そこで戦争を追体験することです。その機会をできるだけ多くの子どもに保障し、かつ、実りある追体験にするために、教師自身がまず、平和ミュージアムをよりよく活用し、さまざまな立場からの体験の伝承を知り、視覚・聴覚・触覚など五官を駆使して実体験に迫る豊かな追体験をしていく必要があると考えます。

平和博物館の一覧

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